地方で上がった狼煙が

●地盤はないが勝算はあった

2017年10月15日告示、22日投開票の西脇市市議会議員選挙が行われた。当会代表の田中昭(あきら)は大方が悲観的な見方をする中、立候補した。しかし結果は、次点で惜敗だった。

どうして大方の人が私の立候補を無謀と見たか。

それは私が地盤を持たなかったからだ。

地方自治体の選挙は、地盤を候補者が圧倒的な力を持つ。地盤を持つ候補者は、ただ神輿に乗っているようなもので、自らはほとんど何もしない。掲示板にポスターを貼る位置を決めるクジ引きすら本人は行かない。小さな市をさらに細分化する町単位に組織化された支援組織の誰かが代理人となってクジを引く。候補者本人がやることといえば、選挙カーの助手席に乗って、白い手袋に包まれた手を振ることぐらいだ。具体的な施策すらろくに語らない。いや、語れない。なぜなら、よってたつ地盤への利益誘導があるのみだから。まさか、それを選挙戦で語るわけにはいくまい。この地方自治体の選挙をスケールアップしたのが県政、国政選挙である。すなわち、日本国中、選挙といえば地盤への利益誘導なのである。各地域が競い合うことによってバランスある発展が達成されるという、一種の“神の手”思想だ。それは、徹底した自由競争の中にこそ、平衡的な発展が望めるという自由主義経済思想とどこか通底している。

しかし、そんな中でも私には、政治家は一部の地域の利益代表を求めるのではなく、地域全体の利益を考えるべきであるという信念があった。そして、地域全体の利益は、細分化された地域が競うことによって得られるものではなく、地域同士の調和と協力によってもたらされるものだと考えた。そして、そうした考え方は、たとえ地盤がなくても、そしていかに保守的な土地柄であろうと、少なくとも19分の16という倍率を制するぐらいの力はあるはずだと考えた。それに、有権者は、「地盤」を構成する単位である旧来型戸建て住宅の住民はともかく、ほとんど地域社会とは縁のない集合住宅に住む有権者だって少なくないのだから、そういう人々は、細分化された地域への利益誘導よりは全体の利益上昇と分配、すなわち平等理念に共感してくれると考えたのだ。

●3つの“間違い”

ところが、ここに3つの“間違い”が起きた。

一つは、衆院選が重なったことである。

西脇市議選は当初、10月22日告示、同29日投開票だった。8月9日に開かれた、立候補希望者を対称とする説明会では、その予定だった。

ところが、その後、安倍“仕事し内閣”が衆院解散を決定。その日取りが10月10日告示、22日投開票となった。これを受けて西脇市選管は、市議選の日程を候補者には何の相談もなく一方的に一週間の前倒しの決定を下した。いや、他の候補者にはあったのかもしれないが、少なくとも新人である私には何の相談もなかった。「そういう重大なことを、候補者に何の相談も断りもなく選管だけで一方的に決めていいものなんですか?」という問いに対して、市の選管職員はただ一言「はい」とだけ答えた。前倒しの理由は「経費節減と人手不足」だった。たしかに、市議選を予定通り決行すれば衆院選の投票日が市議選の告示日となり、事務的な負担は大きいだろう。しかし、それなら先送りという方法もあったはずだ。候補者にとって、一週間投票が早まるというのは大きな影響がある。とくに知名度や選挙経験が不足している新人には不利だ。

二つ目は選管が、選挙公報を集合住宅を中心に「最大1,300世帯」に配らなかったこと。なぜ「最大1,300世帯」かというと、選管が私の不配総数を訊く質問に答えて「市内で市公報等が配布されていない集合住宅等の数は把握できません。想定するとすれば、9/1現在の世帯数16,916から、各⾃治会からの報告のあった広報配布部数合計15,599を差し引いた数、約1,300が最⼤数と思われます。」というメールを送ってきたからだ。この中にある「広報配布数」とは、西脇市が市民に向けて無料配布する定期刊行物「月刊広報にしわき」のことである。つまり、西脇市選管は遅くとも、このメールを打った時点ですでに「月刊広報にしわき」と選挙公報を同一視していると判断できはしないか? そう判断したからこそ「想定するとすれば」という言葉が出てきたのではないだろうか?

西脇市の選管が「月刊公報にしわき」と選挙公報を同次元のものと考えていたとすれば、法を軽んじ、集合住宅の住民を軽んじた差別であり、公平・公正であるべき選挙をゆがめたことになる。

3つ目は私の当落の問題である。定員16に対して19人が挑戦した今回の市議選で、私は16番目に入った。これを受けて市のホームページは、一旦は私を当選者と発表したという。私はそれを見ていないが、支援者がそれをはっきり目にしているという。ところが、その後、法定得票数に達していないとして「落選」とした。これが事実なら由々しきことだ。

たしかに公選法95条は「当該選挙区内の議員の定数(選挙区がないときは、議員の定数)をもつて有効投票の総数を除して得た数の四分の一以上の得票」を当選の要件としている。しかし、定数に足りなかったり丁度の場合は無投票となり、0票でも当選である。実際、西脇市の前回の選挙は定数ぴったりだったから無投票だった。市民の間では「立候補ぎりぎりの刻限まで待っていて、定数ぴったりであることを確認して滑り込み立候補した議員もいる」ともっぱらの噂となっている。噂になるぐらい、それはおおっぴらに行なわれたのか、いまだに市民の間で顰蹙を買っている。片や226票で落選、片や0票で当選というのは、いかがなものか。法の不備とは言えないか? 第一、定数丁度になることを見計らって立候補するのは、選管に内通して情報提供を受けないとできない芸当ではないか?

国政レベルの問題に

●西脇市に限った問題ではない?

しかし、これはおそらく西脇市に限った問題ではない。

というのは、今回、南本町の町会長が「月刊広報にしわき」を配らないという申し合わせをしているというX社は、「市の刊行物などを配らないのは西脇に限ったことではなく、他の自治体でもかなりある」としているからだ。他の自治体が市の刊行物と選挙公報を同列に扱っているかどうかはわからないが、もしそうなら、同社は全国に50数万室を持つというから一気に全国的な問題となる。さらにX社と同じ申し合わせを行っているというZ社は100万室を超える部屋数を全国に持っている。

●選管は衆院選や知事選でも選挙公報を配らなかった!

さらに重大なのは、こうした不配が行われている広範囲に行われているだけでなく、衆院選や知事選でも配られていない可能性があることだ。

西脇市議選では、選管が集合住宅を中心に選挙公報を配らなかった事実は先に述べたとおりだが、同時期に行なわれた衆院選や、7月に行なわれた兵庫県知事選でも選挙公報を配らなかった事実が判明した。これがもし、X社が言うように、西脇だけでなく、他の自治体でも同じような傾向にあるなら、問題は一挙に全国に飛び火する。しかも問題は民主主義のシステムに係る問題であり、広範かつ深刻な人権問題である。野党は大至急、入念な調査を行なうべきだ。

●街頭演説

●ひとりウグイス&選挙カー運転